「僕の町」

 

7

いつものように、傾いた電柱を押していた。
今日はいつにも増して力いっぱい押した。
電線に止まった鳥に、電柱の傾きを聞くと「大体5度くらいじゃないか?」と言ったからだ。
5度ってたいへんなことだよ、君。
昨日の雨で僕が街をパトロールをしない間に、電柱はサボったわけだ。
僕は一生懸命電柱を押したけれど、頭に思い浮かぶのは昨日、LuLuに来たユリタニさんのことばかりだった。
だからなんとなく、真剣に電柱を押すことができなかった。
そのうちに、電線に停まっていた鳥は、そんな僕に呆れて飛び去ったわけだ。
君はこれを恋煩いと思うかい?
僕にはそうとしか思えないんだよ、君。

「ママ、あれ何してんの?」
道の反対側を歩く子供が、電柱を押す僕を見て言った。
「静かに!あんまりジロジロ見ちゃダメよ」
彼のママはそう言った。
「何で~?」
子供はどうしても理由が知りたいらしい。
僕が喋れたら簡単に教えてあげられるのに。

僕は、こういうことにはもう慣れている。
君だって僕が電柱を押す姿を見れば、「何か変だ」と思うわけだろう?
そうだとしても君が嫌なヤツだなんて、思わないよ。
それが普通の考えさ。
でもいくら変だと思われても僕は、僕の生きる町を守るために、電柱を押すことを止めない。
傾きを直さなくちゃならない。
グッと電柱を押した。
「あーいうのってやっぱり傷付くの?」
不意に声を掛けられた。
顔を上げるとユリタニさんだった。
「何でここに!?」
喋れたらそう叫んでいただろう。
「あ、何でここに!?って顔してるね。あたしもこの町に住んでいるんだもの。君を見るのも初めてじゃないよ」
なんだって!?
僕は、ユリタニさんに見られたことがあったのか!!
寝ぼけた顔をしていなかっただろうか。
僕はとても心配になったんだよ、君。

 

「ねぇ、そんなことより、さっきの親子みたいなの、傷付くの?」
ユリタニさんは、少し意地悪な笑い方をして聞いてきた。
意地悪な顔なのに嫌みはなくて、そしてなにより、可愛かった。
僕はその顔に見とれながら、彼女の質問に対して首を横に振った。
「へぇー。それって、慣れたってこと?」
僕はまだ彼女に見とれたまま、頷いた。
「やっぱり、慣れだよねぇ。それが生きるってことなのかもねぇ。」
彼女はそう言った。
空は晴れていた。
昨日の雨が嘘みたいに。
僕は晴れが好きだ。
君も晴れは好きかい?
そうだとしたらきっと、晴れ晴れした彼女の笑顔も好きになるだろうね、君。

 

 

「僕の町」  -7-  2013.1.27


雨上がり

僕の町 7
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