「僕の町」

 

8

「これから、どこへ行くの?」
電柱を押している僕を見ながら、ユリタニさんが言った。
僕は答えたかったけれど、喋れないから困った顔でただ、彼女を見た。
「はは。そうか!喋れないのよね!」
彼女は気持ちが良いくらい、あっけらかんと言った。
君はそんな彼女を軽蔑するかい?
もしそうだとしても、彼女を目の前にすればその気持ちはあっという間に消えるよ、君。

「あたしも君に慣れなきゃいけないね。このあと、付いて行って良い?」
彼女は微笑みながらそう言った。
「良いに決まってるさ!でも、退屈だよ?・・・普通の人には」
そう言いたかったけれど、言えない僕は、とりあえず頷こうとした。
そのとき彼女が「迷惑でなければ」と付け足した。
迷惑なわけがない。
そんなこと、君にだって分かるだろう?
ただ、恥ずかしいだけだって。
僕の代わりにユリタニさんに言ってくれよ。
喋れるならそれくらいできるだろう、君。

 

僕らは、ショッピングセンターを歩き回っていた。
何でって?
電柱の角度を直した後は、ここに来るって決まっているからさ。
ユリタニさんは、僕の隣を歩いている。
僕の後を付いてきて、一方的に喋っていた。
僕は気の利いた冗談でも言って、彼女を笑わせたかったけれど、それは叶わない。
それに、彼女は僕が喋らなくても笑っているんだよ、君。

僕はショッピングセーターの中をいつも通りのルートを辿って歩いた。
そして、消火栓を見つけては「寂しがり屋はいるかい?」と聞いて回った。
消火栓はたいてい「異常なし!!」と答えた。
たまに、居眠りをしている消火栓もいたけれど、彼らは24時間営業だから仕方ない。
今日は平和だ。

隣にユリタニさんがいるというのを意識すると、どきどきしたし嬉しかった。
その分、いつもよりパトロールに集中できなかった。
だって、きっとこんなこと、君だったらしないだろう?
君が思う通り、僕は変だから、ユリタニさんにもそう思われているに違いないと思うと、とても緊張するんだよ。
もしかしたら、愛想を尽かして帰ってしまうかもしれない。
でも、僕はこれをやめるわけにはいかないんだよ、君。
僕の町をパトロールできるのは僕だけだから。
何度も同じルートを回る僕に、ユリタニさんは付いてきた。
相変わらず何か喋っては、笑ってる。
僕は答えられるものには全て頷いたし、首を横に振った。
「あたし、この作業してる君を見たこともあるよ」
そう言われて恥ずかしかったけれど、僕はうんうんと頷いた。

すれ違う人はいつも通り、僕を見ていた。
特に若い連中は僕を見てにやけている。
だけど、いつもと違うのは隣をユリタニさんが歩いているということだ。
彼らは僕を見たあと、ユリタニさんのことも見る。
なんだか、ユリタニさんに申し訳なくなったんだよ、君。
君だったらこういう時、どうする?
僕はショッピングセンターを早めに出ることにしたよ。
「あれ、もう終わり?」
ユリタニさんが言った。
僕は頷いた。
「そう。もしかして、あたしに気を遣った?」
僕は首を横に振った。
「本当に?」
僕は大きく頷いた。
「気は遣わないでね。あたしもあなたも紙一重なんだから」
僕はその言葉を聞いて、動けなくなってしまったんだよ、君。

 

君は知らないだろうから、教えてあげるけれど、僕のママもぐるぐるキャンディに取り憑かれる前に、その言葉を言ってくれた。
「あなたと私は紙一重なんだから、何も恥じることはないのよ」
そう言ってくれたんだよ、君。
だから、ユリタニさんの言葉に、僕はそれを思い出して動けなくなったんだ。

 

 

「僕の町」  -8-  2013.1.28


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僕の町 8
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