あるアパートでの一件

 

2

201号室の住人

相談されたのは一週間前だった。
「なんか、怪しい男に、部屋の前をうろつかれてるんです。」
同じアパートに下宿する大学の後輩は、心底困ったように言った。
彼女は私と同じ2階に住んでいて、203号室。
階段側に部屋がある。
私の部屋は階段から一番離れた201号室。
時々お互いの部屋を行き来してお茶を飲む仲だ。

 

私は彼女が言う、その男を見たことがない。
「外の廊下沿いの台所の窓あるじゃないですか?あそこにしばらく立ってたと思うと、しゃがみこんで、がそごそと何かをしてるんです。あたし、恐くて‥それも一度や二度じゃないんです!」
確かに怪しい動きだ。
一体、何者なんだろう。
彼女は私と違い、「THEオンナノコ」だ。
可哀想に。
「良かったら、しばらくうちに泊まる?」
誘ってみたが、迷惑をかけるわけにはいかないと、断られた。

 

そして、噂のその男が、今、目の前で泣き喚いているわけだ。
全くもって男らしくない。
それにしても、まんまと罠に引っ掛かるとは思わなかった。
廊下側の小窓を開けておいて、着替えたのは、この男を捕まえるための作戦だった。
管理人ということもリサーチ済みだった。
大成功だ。

「許しでぐだざい~。」
熊の形をしたグミを毛抜き用のピンセットで掴み、顔に近づけると一層顔を歪めた。
この話を聞いたときは、さすがに冗談だと思ったが、本当に熊の形をしたグミが嫌いらしい。
意味が分からないし、気持ち悪いから、さっさとグミを鼻に詰めてやろうと思ったら、「そんなことしても何もならん!」とか喚きだした。
うるさい。
傘で叩きまくった。
そしたら、黙った。

 

グミを鼻に詰めて、窒息ののちに死なれたら困るから、「良い?食べたら、あなたの骨と皮で傘を作るわよ。」と忠告して、グミを一粒ずつ口に含ませることにした。
彼は、心底嫌な顔をして、泣いた。
「うるさいわね。一体これは、あなたの人生で何回目の自業自得?初めてじゃないなら、こういうときの態度だって知ってるでしょ!」
そう言うと彼は、「ういあえん。」と言葉にならない事を言った。

その言葉を解読出来なかった私に出来ることと言えば、すぐそばにある傘を握って、彼を叩くことだった。

 

 

「あるアパートでの一件」-2-
2013.7.22


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あるアパートでの一件 2