あるアパートでの一件

 

4

103号室の住人

神様は、僕を死に至らしめようとしているのだろうか。
まずいことになった。
想定外も想定内もあったもんじゃない。
そもそも想定すらしてないんだから。

 

同級生の女の家に入るのは、初めてではなかったが、彼女の部屋で男がベッドに縛られて、タイツを被され、口に熊の形をしたグミを詰められながら、傘で叩かれている姿を見るのは初めてだった。
待て。
初めてでなければ困る。
管理人は、部屋に入ってきた僕の姿を確認すると、急にふがふが言って暴れだした。
そして、「うるさい!」と彼女に傘で叩かれていた。
なんと憐れな。

 

このアパートの間取りは、実にシンプルだ。
なぜなら、学生に贅沢な部屋は必要ないからである。
そうは言っても1DK。
1Kよりは夢がある。
学生に夢は必要だ。
ダイニングキッチンと部屋はどどーんと繋がっている縦長の造り。
玄関の右手に流しやコンロがある。
で、僕は、彼女の家のダイニングキッチンにあるイスに腰掛け、体を左側に向けて、右肘をテーブルに付き、ベッドの方を見ている。

彼女は「さて、そろそろ懺悔の時間よ。今詰めたグミを3分以内に食べなさい。」と言った。
管理人は口から溢れんばかりの熊のグミを泣きながら食べ始めた。
当然、難しい作業だ。
ゴホゴホとむせては、口の中からカラフルな小さい熊が飛び出す。
絶景かな。
熊ヶ岳の噴火と銘々しよう。
警察を呼ぶのは良いが、この状況を見て、果たして管理人が捕まるだろうか。
どう考えても、彼女が捕まる。
その場合、そ知らぬ振りで逃げ失せよう。

 

そもそも、この作戦は、僕が考えた。
管理人が熊とグミを嫌っていることも、僕が教えた。
できることなら何でも協力するつもりである。
たとえ、管理人が逮捕されても。
なぜなら、僕は、バイト先の後輩が好きだからだ。
ここで君たちに聞いておこう。
それ以外に理由はいらないだろ?

 

グミを食べ終えた管理人を彼女が尋問する。
「あんた、203号室の前で怪しい事をしてるらしいじゃない。今日みたいに覗き紛いのことをしてるんでしょ!?それとも、何か細工でもしてるの!?盗聴器とか!後輩が嫌な思いをしてるのよ!!」
「な、なんのことだ!俺は何もしてないぞ!覗きだって今日がデビュー戦だ!!」
何を威張ってるんだコイツは。
思った通り、彼女に傘で殴られる。
「痛い!やめてくれよ!俺は本当に何もしてない!」
「じゃあ、なんで、203号室の前をうろつくのよ!!」
「203‥あ!そうだ!あの部屋の前によく、あれがいるからだ!あの、ゴキブリみたいな、あの、あれだよ!こ、コオロギ!!あれが最近よく203号室の前で溜まってるんだよ。一匹とかじゃなくてたくさん!それを駆除してるんだ!」
僕は、テーブルに付いてた肘を持ち上げる。
「コオロギ?嘘つけ!」
「ほ、本当だよ。なぜか、203の周りでうようよしてるんだ!最近、やたらとコオロギの鳴き声を聞かないか!?」
そっと姿勢を正し、ゆっくりと、しかしごく自然に椅子から腰をあげる。
「聞くに決まってるじゃない!そういう季節だもの!もっとましな言い訳しなさい!!」
そう言って、彼女は、また管理人の口に熊のグミを詰め始めた。
彼は、「なんで…」と言って泣き始めた。
僕は、その騒ぎに乗じて気付かれぬように、この部屋からの脱却を謀った。

 

部屋を出たとき、バイト先の後輩と遭遇した。
どこへ行くのかと聞かれたが、「野暮用!」と答えた。
部屋に入っていく後輩を背中にして思う。
嗚呼、君に嫌われるわけにはいかない。
早々に作戦を練らなければならない。
なぜならば、203号室界隈にたむろするコオロギたちは、僕の部屋から脱走した輩なのだから。

 

 

「あるアパートでの一件」-4-
2013.7.22


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あるアパートでの一件 4