あるアパートから始まる一件

 

5

管理人

いとこが部屋に入ってきたとき、救世主が現れたのかと思った。
そうか、お前が居たじゃないか!
思わず叫んでみたが、口に詰まった熊の形をしたグミのせいで、モゴモゴ言うだけとなった。
さっさと助けてくれ!
そういう感じのテレパシーを送ってみたが、彼は、椅子に腰掛けてテーブルに肘を付いたまま、俺を観察し始めた。
その時、すぐに悟った。
これは、明智光秀以来の裏切りだ!
そう考えれば、全てに合点がいく。
俺が熊とグミが嫌いなことを、この女に漏らしたのもヤツに違いない。
まさか、身内に裏切られるとは!
しかし、怒ってる場合ではない。
俺の命は女の手の中だ。
ドキドキしていると、「口の中のグミを3分以内に食べなさい。」と言われる。
正直に言おう。
そこまで辛くなかった。
何度も喉に詰まったが、むせる度に、なるべく多くの熊たちを口の外に出してやった。
その手口は、なんとかバレずにすんだ。
俺の迫真の演技も捨てたもんじゃないということが、今ここで証明された。
だが、そんなものが証明されても、相変わらず傘で殴られた。
ついでに、知らぬ罪を着せられた。
反論したが、無意味だった。
また、グミを口に含まされる。
俺はただ、管理人としてコオロギを退治していただけのに!

 

気付けば、いとこの姿が消えていて、代わりに203号室に住む女の子が居た。
あの野郎、逃げやがったな!!
怒り心頭であったが、やはり怒ってる場合ではない。
203号室の女の子の手に、グミの袋が渡った。
そして、「鬼は外!!」と彼女は叫んだ。
彼女は大声など滅多に出すことはないような、乙女である。
しかし、叫んだのである。
鬼ではない俺に向かって叫んだのである。
それと同時に、熊たちがミサイルの如く飛んでくる。
もはや、これが屈辱的なことなのかすら判断できなくなっている。
そんな状況で導きだした答えはただ一つ。
俺は、このアパートをちっとも管理なんて出来ちゃいなかった、ということである。

 

 

「あるアパートでの一件」-5-
2013.7.22


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あるアパートでの一件 5