あるアパートでの一件

 

8

101号室の新住人

「お釣りはいらないわ。ありがとう。」
そう言って料金を支払うと、ハゲチャビンの運転手は喜んだ。
でも、ハゲよりデブが好き。

 

部屋番号は101。
確か、一階の一番奥。
廊下に足を踏み入れて、ふと目線を上げると、デブとコーラの空きボトルとラジコンのヘリコプターが目に入った。
なんなの。
とても、チャーミングな状況じゃない。
彼もこちらを見ていて、私は、とっておきの笑顔で挨拶した。
「こんにちは。私、今日からここに引っ越してきたの。よろしくね。」
「よ、よろしくお願いします!僕は102号室に住んでます。よろしくお願いします!」
ヘリコプターには、虫籠が吊るしてあった。
「ところで、それは、何をしてるの?」
「こ、これですか?これは、その、運搬です!あ、邪魔ですよね。引っ越しの。すぐ、どきますね。」
太ってて分かりにくいけど、若いわね。
最高じゃない。
年下のデブなんて、最高じゃない!
「悪いわね。あとでまた、お蕎麦でも持って挨拶に行くわね。」
「そ、蕎麦!待ってまふっ!!」
ずんぐりと立ち上がった彼の脇を通り、101号室の部屋の前に立つ。
ここが、今日から新居。
楽しくなりそうね。

 

一度、部屋に入って窓を開けてから、廊下に出た。
デブはすでに姿を消していた。
少し残念な気持ちになる。
とりあえず、引っ越しを終わらせなきゃね。
引っ越し業者に荷物を運ぶようにお願いした。

荷物は少なくて、全てを部屋に運び終わるまで、そんなに時間が掛からなかった。
片付けは、後にして、おデブちゃんに引っ越し蕎麦を持っていってあげよう。
あわよくば、家に上がり込んで、作ってあげましょ。
蕎麦を持って、隣の102のドアをノックする。
返事がない。
お出掛け中かしら。
それとも、焦らしているのかしら。
これだから、デブは好きよ!!
心の中で、はしゃいでいると「え!?何で、ヘリ使ってねぇの!?」と言う大きな声が聞こえてきた。
廊下の向こう側に見える道路を見ると、一人の男と警官二人が立っていた。

 

 

「あるアパートでの一件」-8-
2013.7.22


【引越し・ご挨拶】信州戸隠そば 車屋印生そば(大) (半生そば120g×5、濃縮つゆ15ml×5) 約5人前)[商品番号ク-大]

あるアパートでの一件 8